「湯原神社の式三番」は徳川時代には一月十四日に行われていたと「龍岡藩の陣屋日記」にある。
神を招いて行う「神祭り」は古くは鎮魂祭(たましずめ)といった。古代は人が病気をしたり老衰し
たりするの は魂が人体より離れ去ろうとするからだと信ぜられた。また太陽がもっとも衰えると
きになると昨春に神から授った里人の魂も穢れ衰微し、自然も活力を失い衰えるので神を迎えて離
れ去ろう とする魂を呼びもどし、更に強力な神の魂を分けていただき、人のからだに入れ込むと
再び自然も活気を取りもどすと考えた。したがって、からだから抜け去ろうとする魂を鎮める鎮魂祭
があつた。この呪法を古くはタマつりとかタマシヅメといった。式三番に扇や衣を振り動かす動作
は各所に見られる。柚がらみ、つっつきのの字、面振り、指扇、ひげすり、翁、千歳、三番の各所作
がここに由縁する。反閇種まきを始め足の所作は良き精霊をふるい立たせ土地の悪霊をしむめるため
の足踏である。万葉時代に新築の家を祝う新室祝にも足踏みをしながら家の霊を鎮めたことが、つぎ
の歌でわかる。
- 新室を踏み静む子が手玉し鳴るも玉の如照らせる君を内へと申せ
- (一一・二三五二)
空や四方の邪気を祓い、地の悪霊を押さえ、良き精霊を振い立たせる所作である。
神人一体の境地で狂わんばかりに演じる湯原神社の式三番はどことなく古代のタマつりの流れを
継承するようで、演じられる神がかり的、呪術的所作を見ると古代のタマフリの所作が垣間見る。
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